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館内案内

建築(旧米子市庁舎)概要

外観長い間米子市役所として市民に親しまれてきた赤レンガ色のモダンな洋館は、昭和5年(1930)に建築。鉄筋コンクリート3階建てで、規模も大きく、タイル張りの建物は遠くからでも目を引くほど建築当時としては山陰随一です。

設計者は、早稲田大に建築科を創設し、国の重要文化財となっている大隈記念講堂も手掛けたことで知られる、建築家で工学博士の故佐藤功一氏ら。

建物は地盤が軟らかいのを考慮して、地震に強い近世欧米式「鍵の手造り」で施工され、工費は21万5千円、当時の市の予算に匹敵する資金が投入されました。市の有形文化財昭和52年(1977年)に指定。

現在では「山陰歴史館」として、米子の民俗資料や米子城の資料、2.26事件で処刑された「西田税(にしだみつぎ)」の資料など展示しています。
  • 米子市山陰歴史館

    米子市山陰歴史館 外観

    設計:佐藤功一、増戸憲雄
    竣工:昭和5年(1930)7月1日
    施工:鴻池組
    構造:鉄筋コンクリート3階建て、赤レンガ色タイル張り、近世欧米式「鍵の手造り」
    建築面積:683.67平方メートル
    延床面積:2030.45平方メートル
    工費:21.5万円
    備考:米子市指定有形文化財(1977年4月1日指定)

  • 米子市山陰歴史館 外観

    米子市山陰歴史館 外観

    白っぽい石積み調で水平方向への広がりを感じさせる1階部分、反するようにオレンジ色のレンガ調で垂直方向への高さを際立たせる2・3階部分、窓枠の形状もアーチとスクエア、というように斬新なデザインは竣工した昭和5年(1930)には相当にシンボリックな建物です。

  • 米子市山陰歴史館 外観

    米子市山陰歴史館 外観

    白っぽい石積み調で水平方向への広がりを感じさせる1階部分、反するようにオレンジ色のレンガ調で垂直方向への高さを際立たせる2・3階部分、窓枠の形状もアーチとスクエア、というように斬新なデザインは竣工した昭和5年(1930)には相当にシンボリックな建物です。

  • 貴賓室エントランス丸柱

    貴賓室エントランス丸柱と飾り梁

    通常は非公開となっていますが、かつて貴賓室のエントランスに設けられたゴシック様式を思わせる丸柱と飾り梁。棟屋内部の鉄骨リベット止めの構造材は80余年を経た今も当時のまま健在です。

  • 貴賓室エントランス丸柱

    貴賓室エントランス丸柱と飾り梁

    通常は非公開となっていますが、かつて貴賓室のエントランスに設けられたゴシック様式を思わせる丸柱と飾り梁。棟屋内部の鉄骨リベット止めの構造材は80余年を経た今も当時のまま健在です。

  • 曲線を取り入れた手すり

    美しい手すりと格式高い通路

    曲線を取り入れた手摺部分、当時の左官職人の心意気が感じられます。通路部分は格式を感じさせる程に高く作りこまれており、設計者の明確なポリシーが現れています。

  • 曲線を取り入れた手すり

    美しい手すりと格式高い通路

    曲線を取り入れた手摺部分、当時の左官職人の心意気が感じられます。通路部分は格式を感じさせる程に高く作りこまれており、設計者の明確なポリシーが現れています。


米子市立山陰歴史館の成り立ち

明治34年(1901)  8月 郷土史家足立正(あだち せい)氏により、収集の考古資料を自宅の一室に陳列公開
大正13年(1924) 10月 米子市淀江町に山陰徴古館が開設、足立正氏収集の考古・歴史・民俗資料1328点を展示
昭和15年(1940)  4月 米子市の記念事業として、足立正氏収集の資料約9300点を米子市西町の商品陳列館2階に開設、昭和20年8月一時閉鎖
昭和28年(1953) 11月 武家屋敷小原家の長屋門の寄贈を受け、これを米子城二の丸に移築し活動を再開
昭和59年(1984) 12月 米子市新庁舎完成・供用に伴い、米子市旧庁舎を山陰歴史館に衣がえし、展示活動・調査・研究・資料の充実を図る
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